スプリングバンク

  

左 ウエッジウッドデキャンター28年。 右 サックスのディスプレイ。中にボトルが入っている。

       

8年もの3本。木下商事。

     

写真左 10年と15年。木下商事は若いウイスキーにも立派な木箱を付けていた。
写真右 黒ラベル12年。価格的には同時代のマッカラン12年より上。
とにかく黒ラベルは人気がある(ボウモア然りアードベッグ然り)。

   

  フラゴンの10年と12年。              ジャグとマルーンフラゴン。   

    

写真左 名酒と謳われたウエストハイランド。1966年(58.1%)とローカルバーレイ1965年。
写真右 初期ブック10年。陶器ボトル。他にも何色か出している。

    

ラム樽熟成
写真左 グリーンウイスキーのダークとライト。91年当時ロンドンのミルロイ店ではお勧めの一品だった。
写真右 ラムウッド12年もの。ケイデンヘッドはラムも自社で出しているのでラム樽は豊富である。

           

左より 30年(’62)木下商事と1978年。 CV 木下商事と並行。
 CVとはCURRICULUM VITAE(履歴書)の意味。8年から30年までのヴァッテッドである。蒸留所は
これが決定版になる事を恐れ短命に終わった。この実験品はいまやコレクターズアイテムになっている。
(小学館ウイスキーコンパニオンより)

    

写真左 ソサエティ。左はスクリューキャップ66年。ついで65年64年。
写真右 左はアデルフィー5年(ミリオン商事)。右はどちらもプレストンフィールド67年。
なぜかそれぞれキャンベルタン表記とスプリングバンク表記なっている。

    

写真左 20年もの。20世紀最後のボトリング。1999年12月20日月曜日に瓶詰された。

写真右 2000年ミレニアム。25年30年35年。予約販売であったが、その後届くはずだった
40年45年50年は販売元にキャンセルされた。ちなみに当時のパンフレットによれば予約価格は
40年が250ポンド(約5万円)。45年は350ポンド(約7万)。50年は500ポンド(約10万)であった。

     

    スプリングバンク1919

蒸留年の1919年は皮肉にもアメリカで禁酒法が制定された年である。その後1920年代にキャンベルタンの
ほとんどの蒸留所が閉鎖した中でスプリングバンクとグレンスコシアの二か所だけが生き残った。
1919年蒸留の樽は、戦後発見され、スコッチ初の50年ものを出すために1970年まで温存されていた。
1986年にマッカラン60年(1926)が発売されるまで、この1919年のバンクがスコッチの最高峰であった。

写真中央はギネスブックに載っているスプリングバンク1919年。表記はキャンベルタンとなっている。
写真右は故細江信吾氏主催のスプリングバンク試飲会の記録。メインは中央のペアシェイプ50年。
ただしラベルには1919年の表示はない。封切の瞬間の香りの立ち方はいまだ語り草になっている。

       

トンボの本「スコッチモルトウイスキー」の80ページにスプリングバンク1919年が紹介されている。
エジンバラのケイデンヘッドのショップで1991年当時、7500ポンドで売られていた。

本に載った写真はウイスキー評論家の土屋守氏によって撮影された。


2006年9月8日スコッチハウス作成


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